The John's Guerrilla OFFICIAL BLOG 「Seize The Time」
Leo(vo,g)、Ryoji(g)、Kaname(b)、Junichi(ds)

2004年結成、2007年、渋谷を中心に始動。現代のUK、USインディロックシーンや、60's / 70'sの多様なカルチャーやアートからインスパイアされ、独自のデフォルメを加えながら辿り着いたサイケデリックなサウンドアプローチは、都内ライヴハウス、クラブシーンにおいて圧倒的な支持を獲得中。ファッション、アート界をも巻き込み、MySpaceや口コミでFM各局関係者や各メジャーメーカーが殺到。現在盛り上がりをみせている、海外インディロックの影響直撃の若手バンド勢にして最右翼と評されており、メロコア、パンク以外では成し得ていない英詞ロックシーンを確立すべく、2008年6月25日についに初の音源をCRUXレーベルよりリリースした。


RELEASE INFORMATION
The John's Guerrilla
on sale
1st. Double A Side Single
「Shoot the radio/  Shadow disco」

1.Shoot the radio
2.Shadow disco
3.Jewel(LIVE)
※Shoot the radio PV収録
RTC-005 / ¥799(tax in)
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スーザン・ボイル
火曜の私だよ^^
なんだか、ここ数日でバンド日記をメンバーが
書いてくれてるおかげで、凄いことになってるわよ!!
バンバン書いてね^^


え~この前デイジーバーでマニ君のバンド
The Perhapsのライブにお邪魔しました♪
マニさんのボーズスタイルは、
鉄砲玉のようで怖かったですが、
でも最近は声に張りが出てきて、
ナヨナヨな感じからオリジナリティーを
醸し出してきているような気がします。

演奏の内容もメチャうまとは行きませんが
充分四人のグルーブは出せていますし
他のバンドには無い、なんとも
不思議な空気感をステージから放ち出します!!
まだライブの経験値は大変少ないのにも関わらず、
ここまで完成度には驚かされるばかりであります。

次のライブが2/19日曜日に
2マンライブとの事ですので、
是非遊びに行って下さい^^


映像はベック、
この編成ずるいやろ!!
ツインドラムとか惚れる!!
髭やThe Rootsっぽくて良い。
そろそろアルバム出すんじゃないかな?


あと一昨日のSTYLE BAND TOKYOに
yeahsのNICK ZINNERが見に来てたとか!?
畜生!!俺は彼のギターが大好きなんだ!!

以上!!
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by emm_tjg | 2012-01-31 16:42 | Trackback | Comments(0)
ボブマーリーについて2   今村怜央
第6章 希望



http://youtu.be/zGO8HN1QQdI


ようやく、彼にも転機が訪れる。
いわゆるメジャーの会社が興味を示したのだ。
ジャマイカに一番近いロンドンにて、
レゲェがアンダーグラウンドだが、人気がわきはじめる。
パンクカルチャーと結び付くのは、もう少し先。


このとき27歳。子供は増える一方。

ようやく、契約がきまり、
本人たちは今まで聞いたこともない製作費と、ギャラ。(メジャー会社からしたら、大した額ではなかった)

それに伴い、ロンドンツアー。(ジャマイカと行ったり、来たり)

寒い気候と、

メンバーのベジタリアン故の、食事の悩み(今でもロンドンの飯はまずいが、、)、
ストレスは高まるが、
希望がようやくそこまで見えてきた。


レコーディングを敢行。

会社の人は、
これでは、聴衆が聞きなじみが無さ過ぎるから
白人のアレンジを雇い、
オーバーダブを指示。

世界観が壊れると、メンバーは嫌がったが、
ボブマーリーは、推奨した。

そして、レゲェミュージックを世界に広げる名作が誕生する。

ロックの匂い持ち、怪しく、聞いたことのない詩と、新しいサイケデリアを醸し、緊張感を持つ、レゲェのリズム。

『catch a fire』    


第7章変化は一瞬

この成功を機に、

目まぐるしく活動していく。

世界中をツアーでまわる。

しかし、うける場所もあれば、全然ダメな場所もある。

それは、時代問わず、皆一緒だ。

皆が通る道だ。

それでも希望が見える限りは、やるしかない。


しかし
このツアーをきっかけに、
メンバーのバニーが脱退を申し出る。

宗教上の飯の合わなさ、
ツアーのタイトさ、
ジャマイカが恋しい、
飛行機が怖い、、、
まあ限界だったんだろう。


昔、歌を教わった先生ジョーヒッグスを、召集して、穴を埋め、ツアーをまわり、

2枚目の作品を出す。


『burnin』

http://youtu.be/za01QWLXisQ



これがthe wailers名義では、最後になる。

これを機に、解散し、


bob marley & the wailersに代わる。




そして、皆の知る、ドレッドロックスのボブマーリーとなっていき、




世界のスターになっていく。



第8章 成功、そして生きるということ


どんどん、ラスタファり運動に傾倒し、

聖書が一生の書物となり、


黒人の解放者になり、


国を変え、(u2のボノは、世界で彼の写真を見ない国は無いとか言ってたり。)

あらゆるアーティストに尊敬され、

時には、銃で撃たれ、


相変わらず、マネージャーに金を、持ち逃げされたり、


忘れてたが、彼の性格は、

非常に寡黙で、シャイでいて、ほとんど笑わないぐらい厳しい人だったらしい。

そんな厳格な彼が、

女にはまいっちまう性格らしく、

世界中に恋人を持ち、

子供も、おそらく10ー20人

おそらくもっといるらしい。


とにもかくも、


変わらない熱意で。

走り続け、

メッセンジャーになり、世界中で聖人のように慕われ、

世界中で、公式でない音源も合わせたら余裕で一億枚以上売るスターになった。


しかし、彼も逃げれないものがある。


ガンだ。



原因は色々あるが、

定説には、

サッカーで負傷した足の傷をほっといたら、

ガンになってしまったとかが有名だが、理由は関係なくともかく、

ガンになっちまった。


調子の悪い兆候は、たくさんあった。

はじめて、声が出ないとか

元気がなく、

痩せてきたとか、もろもろだったらしい。


ニューヨークのセントラルパークで、

ランニング中に

突然、泡吹いて、ぶっ倒れて、

病院行き。

ガンが全身転移してる為に

寿命が2-5ヶ月しか

持たないと診断される。


ボブは、

母親にこう言ったらしい。

『ママ、僕は何も悪いことしてないのに、こんなにも、ジャー(神様)に忠実生きてきたのに、なぜこんな目にあわなければならないの?』


いくつかのライブをキャンセルして、


最後のライブを敢行する。

http://youtu.be/eFIdlk5dq5k




ライブはアンコールを3回やり、

本人はもちろん分っていたし、メンバーも、

リハーサルの段階で泣いていたらしく、

テンポも速めになっている。




体はボロボロなのに、

もう聞いてると、泣きそうになるくらい素晴らしいパワーが

あって、元気がないときには、よく慰めてもらっている。





そのライブ後、

家族は

ガンの名医を探しだし、診療してもらうために世界中動き回ったらしい。


そして、一番好きなエピソード。



一応ヤマを越えて、

治療中の話。



ガンの治療には、たんぱく質が良いとされたらしく、
肉を食べなきゃダメといわれ、パクパク笑いながら食べてたらしい。

ラスタファリアンは、基本的に肉も食わないらしい。

彼にとっては、全てであったはずの、宗教の規律を、ガンのためには長いドレットも切って、肉も必要なら食う。


ようするに生きたかったんだろう。

生きるってことを全力でやってのけた。


それに尽きる。

全力で生きる。


たくさんロックスターはいるが、

全力で生きようとして、自ら死ななかったロックスターが一番好きだ。

(ジョンレノンもそうだな。彼についてもいつか書こう。)



しかし、残酷なもので、治療しても結局死の運命には勝てなかった。



1981年5月11日 脳腫瘍を患いアメリカ・フロリダ州の病院で死去。36歳没。同月21日、キングストンにて国葬された。

36年間の人生だった。

僕は、ジミークリフや、ピータートッシュも、リーペリーも、レゲェも好きだが、ジャンルとしてなら、おそらくロックの方が好きだ。

しかし、この世に存在した芸術、人間、一人の音楽なら、ボブマーリーが一番好きだ。

どうかいつまでも、僕の憧れであり続け、人間のあるべき姿であると導き続け、素晴らしい音楽と、言葉で、僕に勇気と情熱を奮い立たせ続けてください。

あなたと、出会って、知れば知るほど、俺もあらゆるものに負けずに、生き抜くと決めました。

いつまでも満足という結果までは、ほど遠いな。

俺も生き抜こう。



以上が、これでも簡易的にまとめてみたボブマーリーについての考察だ。


この文章が簡潔するまでに、5時間かかってしまった。

次第に、簡潔的に、深く書けるように精進します。




また来週会おう。


読んでくれてありがとうございましたっ!!!!!
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by emm_tjg | 2012-01-30 23:05 | Trackback | Comments(0)
感覚について  ボブマーリーについて 今村怜央(本当に長文。)
第一章 あいさつ

2012年

我々の新しい作品が出るにあたって、もう一度歩き出すということも兼ね、
メンバー皆で、もう一度共通のツールで、
情報や何かを発信したい、もしくは、残したいと思い、
昨今、たくさんのSNSが溢れる中、もう一度ブログという手段に戻ってきました。

これからまたよろしくお願いします。

文明は進化して、絵画や生演奏しか無かった100ー200年前とは、あらゆる事が変化して、進化している。

今はみなさん知ってる通り、、音楽や、本や、あらゆるものが、手軽になり電子化されたり、(配信や、電子書誌など)

昔はおそらく、蓄音器などで聞いてたのも、生演奏に比べたら邪道とかいわれたのだろう。

お互いにたくさん良い所があるだろうし、結局答えは歴史が決めていくだろうしレコードなど、紙などは無くなっても、流行なども兼ねて結局巡るものでもあるだろう。


けど、昔から一つだけ変わらなくて大切なことは、

文字や絵など、自分の目で見て、音楽は、自分の耳で聞くということだと思う。

これが狂わない限りは、どんなに進化して、世界が奇天烈になっても、文化と芸術は死なないと信じてる。
(それすら怪しい状況を生んでる現状もあるが、、、、)


第2章 なぜブログをいまさら書くのか?


自分の目でみたものを信じて、自分の耳で聞いたものが貴方の真実。



ツイッターやフェイスブックと違い、ここは僕たちを本当に好きな人、繋がっている人たちが見てくれてる人が多いと思っている。

たくさんの人にバンドの存在を伝えるという事よりも、

文字制限もなく、タイムラインも関係なく、

とことん深く言葉と向き合って、何かを毎回残していこうと思っている。

例え、紙じゃなくても、声じゃなくても、拙いバンドのブログでも、

あなたの目に届くことを祈ってる。


真面目に難しいことだけ!!!って訳ではなく、好きな事や伝えたい事はしっかり書きたい。


僕にとっては、一週間に一回の、言葉のLIVEだと思って、書き綴っていく気持ちだ。


良いところでも悪い所でもあるが、ブログで書いた簡単な言葉でも、永久にネットの中で、残るかもしれない。

なおさら、いつ死ぬか分らない以上は、最後の言葉になっても良いように残しておく。

これは、もはや、僕の生き方だ。



出来るだけ長文で書いていきたい。


他のメンバー(僕は月曜日担当)も、自分の価値観でつづっていくだろうから、

どうか、僕の文章が長く、退屈だとしても、スキップして貴方が好きな情報をキャッチしてくれ。

この点が、バンドブログであえてやる理由の中で、一番気に入っている。



今日は1回目だ。とりあえず自分の一番好きなものを書こう。(ようやくここから始まり笑。長いぞ?)





第3章  ボブマーリーについて

http://youtu.be/nlk9Sj4Ns2k

歴史上、ジャンル問わず、もっとも僕が尊敬する人物ボブマーリー。

軽く生い立ちを話してみよう。


1945年ジャマイカの貧民地区に生まれる。白人の父親を持つ混血児。
生まれて幼い時、よく近所の人たちの手相を見て、未来を占って、驚かせたりしていたが、
ある日、手相はもう見ない!!と言い放ち、僕はこれから歌を歌うんだ!!と宣言したりしたらしい。

1950年代に
家族と都会に移住する。
トレンチタウンという、本当に危なく、貧民街に移り住み、そこで人生のすべてを学んでいく。
本当に札付きの悪だったため、(rude boy)、
音楽に専念するために学校をやめて、

後にラスタファリ運動、宗教を教わる、音楽の先生ジョーヒッグスと出会う。町のなかで至るところにて、
音楽はあり、コーラスや歌の練習をする日々。
その鍛錬の中、後にバンドを組むピータートッシュやバニーウェイラーと出会い、
The Wailers
を結成する。。。。。。。。。。


この60年代当時ジャマイカの音楽業界は、やはりマフィアみたいなやつが仕切ってて、
曲ごとに契約して、そのたびに一週間の食事代くらいの本当に少ない金しか貰えない。
それでも、みな現状を打破する為に、歌を歌い、歌を作った。

金が無い、生活は苦しい、お前だけが必要だ、、、、などよくある歌だ。

人間の欲の根源に忠実に歌うのは、黒人の嘆きだ。そして、The Wailersとは、嘆きの民という意味でもある。

またみんな同じ生活をしていた。皆金は無く、生活も苦しい。

だから、それは、みんなの歌になっていった。

これは、まだレゲェが始まる前の話。まだ時代はskaからロックステディに、移るころだ。


http://youtu.be/ybmPHD7FPcQ

第4章ボブマーリーの練習量


まず彼を尊敬する部分で大きいところでもあるんだけど、
彼の練習量。黒人だから皆うまいわけではない。
みんな死ぬほど練習してる。
才能はもちろんだが、しっかり練習してる。
あらゆるものを犠牲にしながら、生活しながら、日々特訓だ。

有名になった後の話だが、
金持ちになって、キングストンの高級住宅地区に家を構え、
一日中、ごろつきや、ドレッドロックスたちや、子供たちが勝手にブラブラくる環境の中、
バンドメンバーも半分くらい一緒に住んでいたらしいが、

毎朝6時に起床、クルー全員で浜辺までランニング、もしくはサッカー、
昼に飯食って、あとは、夜の11時近くまでバンドの練習。
それを、ツアー始まるまでは、ほぼ連日だ、、、、。


週2-3日の4-6時間でも、現代の日本ならガンバリ屋さんに入るのだが、
はるかに超えていく練習量。


バンドは、別に練習の時間がすべてと思わない。

ただそこまで、
有名になったとしても続けるストイックさと、
音楽、グルーヴ、そして共に音を奏でる仲間に対する情熱が、


僕にとっては、まだまだ俺は甘い、まだまだ頑張れると、勇気を奮い起し、謙虚さを与えてくれる。



第5章 音楽の苦悩と意志

ボブマーリーが21歳ごろ、リタという女性と結婚する。
いわゆる出来ちゃった結婚だ。
リタも、教会などで歌ったりしていた。
後の、ボブマーリー&ウェイラーズのコーラス女性3人組のリーダーだ

http://youtu.be/HRTRY58pgrs




この時点で、彼の財力は、ほぼ0に近い。
ジャマイカの有名レーベルから作品は出していて、
町で有名にはなっても、なにも状況は変わらない。

そこで、彼は決心した。

母の住んでいるアメリカ(母親は再婚してアメリカに住んでいた)に行って、働き、金を蓄え、
今度こそ自分のレーベルをつくろうと。



結婚式の翌日に、アメリカに飛び立つ。。。


(1ー2年ぐらいだったかな?)

ようやく、金も溜まり(確か掃除婦かスーパーの整理係とかで仕事してた)、

帰国し、

バンドを再結成し、

アメリカで生活しながら、曲もたくさん書いてたので、

さっそくレコーディングに挑む。

そして、自分たちの会社で、レコードを作り、売るのだが、

まだノウハウもなく、1年ぐらいで倒産する。。。。


仕方なく、元のレーベルに頼み、5年ほど活動し続け、リーペリーと出会ったり、音楽を進化させながらもレゲェを発明していく。(ジャマイカ全体が、レゲェを発明したに近いが、、)

うっすら世界に届きはじめる。ある時、転機が訪れる。。。






まあざっとこの時点で突っ込みどころ満載なんだが、
とにかく、たくさん失敗してる。
普通の人の何倍も失敗している。
現代だったら、多分世の中が許さないくらい、失敗してる。

それでも、彼を支えていたのは意志なのだろうか?
それとも、音楽しかない道を自ら作った宿命のおかげなのか?

とにかく、たくさん失敗して、それでも、あきらめることは無かった。

全部歌にしていった。

それが、歌を歌う人の唯一の幸せであり正解だと思う。


信じるままに生きて、あきらめずに、すべてを受け入れ、勝てなくとも、何にも屈することなく、挑み続ける。




第6章 希望



http://youtu.be/zGO8HN1QQdI


ようやく、彼にも転機が訪れる。
いわゆるメジャーの会社が興味を示したのだ。
ジャマイカに一番近いロンドンにて、
レゲェがアンダーグラウンドだが、人気がわきはじめる。
パンクカルチャーと結び付くのは、もう少し先。


このとき27歳。子供は増える一方。

ようやく、契約がきまり、
本人たちは今まで聞いたこともない製作費と、ギャラ。(メジャー会社からしたら、大した額ではなかった)

それに伴い、ロンドンツアー。(ジャマイカと行ったり、来たり)

寒い気候と、

メンバーのベジタリアン故の、食事の悩み(今でもロンドンの飯はまずいが、、)、
ストレスは高まるが、
希望がようやくそこまで見えてきた。


レコーディングを敢行。

会社の人は、
これでは、聴衆が聞きなじみが無さ過ぎるから
白人のアレンジを雇い、
オーバーダブを指示。

世界観が壊れると、メンバーは嫌がったが、
ボブマーリーは、推奨した。

そして、レゲェミュージックを世界に広げる名作が誕生する。

ロックの匂い持ち、怪しく、聞いたことのない詩と、新しいサイケデリアを醸し、緊張感を持つ、レゲェのリズム。

『catch a fire』    


第7章変化は一瞬

この成功を機に、

目まぐるしく活動していく。

世界中をツアーでまわる。

しかし、うける場所もあれば、全然ダメな場所もある。

それは、時代問わず、皆一緒だ。

皆が通る道だ。

それでも希望が見える限りは、やるしかない。


しかし
このツアーをきっかけに、
メンバーのバニーが脱退を申し出る。

宗教上の飯の合わなさ、
ツアーのタイトさ、
ジャマイカが恋しい、
飛行機が怖い、、、
まあ限界だったんだろう。


昔、歌を教わった先生ジョーヒッグスを、召集して、穴を埋め、ツアーをまわり、

2枚目の作品を出す。


『burnin』

http://youtu.be/za01QWLXisQ



これがthe wailers名義では、最後になる。

これを機に、解散し、


bob marley & the wailersに代わる。




そして、皆の知る、ドレッドロックスのボブマーリーとなっていき、




世界のスターになっていく。



第8章 成功、そして生きるということ


どんどん、ラスタファり運動に傾倒し、

聖書が一生の書物となり、


黒人の解放者になり、


国を変え、(u2のボノは、世界で彼の写真を見ない国は無いとか言ってたり。)

あらゆるアーティストに尊敬され、

時には、銃で撃たれ、


相変わらず、マネージャーに金を、持ち逃げされたり、


忘れてたが、彼の性格は、

非常に寡黙で、シャイでいて、ほとんど笑わないぐらい厳しい人だったらしい。

そんな厳格な彼が、

女にはまいっちまう性格らしく、

世界中に恋人を持ち、

子供も、おそらく10ー20人

おそらくもっといるらしい。


とにもかくも、


変わらない熱意で。

走り続け、

メッセンジャーになり、世界中で聖人のように慕われ、

世界中で、公式でない音源も合わせたら余裕で一億枚以上売るスターになった。


しかし、彼も逃げれないものがある。


ガンだ。



原因は色々あるが、

定説には、

サッカーで負傷した足の傷をほっといたら、

ガンになってしまったとかが有名だが、理由は関係なくともかく、

ガンになっちまった。


調子の悪い兆候は、たくさんあった。

はじめて、声が出ないとか

元気がなく、

痩せてきたとか、もろもろだったらしい。


ニューヨークのセントラルパークで、

ランニング中に

突然、泡吹いて、ぶっ倒れて、

病院行き。

ガンが全身転移してる為に

寿命が2-5ヶ月しか

持たないと診断される。


ボブは、

母親にこう言ったらしい。

『ママ、僕は何も悪いことしてないのに、こんなにも、ジャー(神様)に忠実生きてきたのに、なぜこんな目にあわなければならないの?』


いくつかのライブをキャンセルして、


最後のライブを敢行する。

http://youtu.be/eFIdlk5dq5k




ライブはアンコールを3回やり、

本人はもちろん分っていたし、メンバーも、

リハーサルの段階で泣いていたらしく、

テンポも速めになっている。




体はボロボロなのに、

もう聞いてると、泣きそうになるくらい素晴らしいパワーが

あって、元気がないときには、よく慰めてもらっている。





そのライブ後、

家族は

ガンの名医を探しだし、診療してもらうために世界中動き回ったらしい。


そして、一番好きなエピソード。



一応ヤマを越えて、

治療中の話。



ガンの治療には、たんぱく質が良いとされたらしく、
肉を食べなきゃダメといわれ、パクパク笑いながら食べてたらしい。

ラスタファリアンは、基本的に肉も食わないらしい。

彼にとっては、全てであったはずの、宗教の規律を、ガンのためには長いドレットも切って、肉も必要なら食う。


ようするに生きたかったんだろう。

生きるってことを全力でやってのけた。


それに尽きる。

全力で生きる。


たくさんロックスターはいるが、

全力で生きようとして、自ら死ななかったロックスターが一番好きだ。

(ジョンレノンもそうだな。彼についてもいつか書こう。)



しかし、残酷なもので、治療しても結局死の運命には勝てなかった。



1981年5月11日 脳腫瘍を患いアメリカ・フロリダ州の病院で死去。36歳没。同月21日、キングストンにて国葬された。

36年間の人生だった。

僕は、ジミークリフや、ピータートッシュも、リーペリーも、レゲェも好きだが、ジャンルとしてなら、おそらくロックの方が好きだ。

しかし、この世に存在した芸術、人間、一人の音楽なら、ボブマーリーが一番好きだ。

どうかいつまでも、僕の憧れであり続け、人間のあるべき姿であると導き続け、素晴らしい音楽と、言葉で、僕に勇気と情熱を奮い立たせ続けてください。

あなたと、出会って、知れば知るほど、俺もあらゆるものに負けずに、生き抜くと決めました。

いつまでも満足という結果までは、ほど遠いな。

俺も生き抜こう。



以上が、これでも簡易的にまとめてみたボブマーリーについての考察だ。


この文章が簡潔するまでに、5時間かかってしまった。

次第に、簡潔的に、深く書けるように精進します。




また来週会おう。


読んでくれてありがとうございましたっ!!!!!
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by emm_tjg | 2012-01-30 22:50 | Trackback | Comments(1)
SONGS IN THE NIGHT
ジョンズゲリラのブログを御覧のみなさん、初めまして、ドラムのサンペイことカメガヤです。


最近はベースの要君ばかり更新してくれてたんで、そろそろローテーションでメンバー全員が更新しようじゃないか!って事で初めて書きます!

この間、新年を迎えたかと思ったら、もう一月も終わり、、。
今年の初ライブ観戦は代官山ユニットで行われたFOSTER THE PEOPLE!!

今回、友人二人と僕の三人で観に行ったのですが、終演後に全員一致の意見が出た話、、。


サポートギタリスト、ストロークスのアルバート・ハモンドJr.に似てね⁈








主に髪型、、。





それ、ハ○てるだけじゃん、、。


まぁ、みんなで楽しめて何よりですね!

とにかく、とっても楽しかったのでまた日本に来てくださいませー!







今年の初購入曲はSAMANTHA CRAINというアメリカのカントリーシンガーのNEW EP。

渋谷のHMVがまだあった時の話。

初め、当時はCAJUN DANCE PARTY、現YUCKのダニエル君のソロを買おうと思っていましたが、店内で流れる曲が気になり、店員さんに尋ねた事がきっかけで好きになりました。


以前、シアトルのライブハウスCHOP SUEYでライブをやった時、たまたま店長のヒサトさんにSAMANTHA CRAINの話をしたら、「先月、うちに出てたよー。」との事!!

み、観たかった(゚o゚;;

そのうち日本にも来ておくれー!




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by emm_tjg | 2012-01-30 00:51 | Trackback | Comments(0)
まさかの♪まさかの♪
1/21は下北沢デイジーでライブでござんした。
来て頂いたお客様有難う御座います!
その時の写真!!

三瓶さんがいまむ~にお説教してるように
見えますね^^

c0181418_15133392.jpg


さてマニさんと三瓶さんがつぶやいて
いたのですが、
映画ヒミズって面白いのかな?
まあ原作とだいぶ変わってると思うのだが
2人とも絶賛しておりまして気になりました。

近いうち見に行こうかな?
映画館で見るのモテキ以来!!
昨日の深夜と本日早朝に
ファニーゲームっと映画と
Kidsというハーモニーコリンの
映画をみました。
今日はパッゾリーニの
豚小屋という映画を見ようと思います。

以上
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by emm_tjg | 2012-01-24 15:39 | Trackback | Comments(0)
白い薔薇が白い薔薇であるように
長かったレコーディングもミックス終盤で
あとはマスタリングを待つのみです。
今年はめちゃくちゃ良い年であります。
先程エフェクター2台とミニアコギを
購入いたしました。
レコーディングのご褒美に
リーズナブルな買い物が
出来て私は本当に嬉しいです♪




本当にこの曲は名曲だね!!
最近こういうバンドいないよね...
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by emm_tjg | 2012-01-17 16:46 | Trackback | Comments(0)
第26回チキチキ、新春かくし芸対決~!!
昨日でようやくレコーディングが
一区切り付きました...
ちょっと遅いですが、

明けましておめでとうございます!!

私はようやくお正月を迎えられた
感覚であります。

年末も年始も三瓶くんと
個人連入ったりして
とにかくレコーディング準備に
費やしていまして...

その甲斐あって
今までのレコーディングで
一番良い素材が
出来たのではないでしょうか!!
早くみんなに聞かせたい!!

そんな中、レコーディング中に
松田さん、利根川君、三瓶さんが
こちらの動画にはまっていました。



あとマリーズの富士山富士夫さん、
50回転ズのダニーさんのような
変顔を松田さんが真似し、

それを利根川さんが携帯のカメラに収め、

三瓶さんがわきゃわきゃする。
というようなことが起こりました。

まあ仕方ないよね。

というわけで本年も宜しくお願い致しますv^^v
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by emm_tjg | 2012-01-10 16:56 | Trackback | Comments(0)